内田裕也さんの死と愛のカタチ

“私はね、女優としてではなく、一人の人間として、ひっそりと逝きたいのよ。だからもし私が表舞台から姿を消しても、決して追いかけないでね”


内田裕也さんと樹木希林さん 引用

3月17日に稀代のロックンローラー内田裕也さんが亡くなったと18日の朝のニュースで知りました

僕の知っている知識でいうと樹木希林さんの旦那さん

破天荒な人でロックンロールを地で行く生き方をしている人

それくらいの情報しか持ち合わせていない

でも一時代を作った凄い人だったというのは感じている

半年前亡くなった樹木希林さんはテレビや映画、CMでよく見ていた気がする

深みのあるなんとも言えない表情が妖しくもあり親しみを感じる

独特という言葉がこれほど似合う方がどれほどいるだろうか

その旦那さんが内田裕也さん

これも独特

独特を超えて奇抜なのかも

僕は2人の事をそれほど知らない

でも2人の事で凄く興味深いのが“憎しみあい愛し合っていた”という所

結婚して同居したのは最初の1年半だけ

内田裕也さんはDVをしたり、不倫をしたり好き勝手

おまけに離婚届を自分から役所に提出して樹木希林はそれを却下

樹木希林さんは離婚無効の訴訟を起こし勝訴する

??

“(主人は)なかなか出会える人ではありません。向こうも、これだけ、へこたれない女はいないって。お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人に。だから、別れられないんです”

お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人にだから別れらないんです

愛とは

夫婦とは

なんなんだろう

この一言、短い言葉が多くを物語っている気がする

海のようにどこまでも深くて、空のような壮大な広さ

知恵の輪のように絡み合った関係

樹木希林さんの底知れぬ器の広さと愛のカタチ

先立たれて内田裕也さんという人は寂しかったんでしょうね

少し前、営業先のうなぎ屋さんの社長と世間話をしていました

社長は3兄弟の末っ子 80歳くらいだったかな?

商談を進めていく内に仲良くなりうなぎのセイロ蒸しなんかをごちそうしてもらったり

“自分も後何年生きるかわからないからね”

いやいや、お元気ですし、長生きしてくださいね

こんな他愛もないやりとりをしていた時に語ってくれた話が今でも忘れられない

社長のお兄ちゃん=長男が最近亡くなられたという話

没年85歳

次男がそれを機に急に老け込み元気がなくなったと

末っ子の社長さんは語ってくれました

そして後を追うように次男も亡くなられたと

その話をしてくれた時の社長の笑顔もどこか寂しそうだったのをよく覚えています

死期を悟っていたのでしょうか

少しやつれているようにも見えました

人は死ぬと自覚した時に死ぬのでしょうか?

寿命という期限が来たから死ぬんでしょうか?

まだその答えはわかりません

でも先立っていかれる方たちは皆死を意識していたような気もします

その社長は今でも元気かどうかはわかりません

わかっているのは急に音信不通になった事だけ

樹木希林さんは上手に自身の“死”と向き合っていたように思います

色々とインタビュー記事を読んでいると全身がんだったんですね

“最初にがんに罹ったのは’04年です。その時は乳がんで、摘出手術を受けて良くなったのだけど、その数年後に、13ヵ所に転移が見つかりました”

“でもね、今はがんになって本当によかったと思っているんです。自分の体と向き合うようになりましたから。それから、これはちょっと奇妙な話なのだけど……’04年の年末に、タイのプーケット島への家族旅行を予定していたんです”

“でも9月にがんの告知を受けて、そんなところに行く気分じゃないということで、キャンセルしたの。そうしたら年末にスマトラ島沖大地震が起きた。予定通り行っていたら、大津波に巻き込まれていたでしょうね”

“私だけ助かって孫は流されてしまうなんて苦しい余生を想像すると、がんになって幸いと心底思ったの。それに、私はどのみち死ぬ運命なのだから、それだったらベッドの上で死ねるだけまだマシじゃないのってね”

もう1つよかった事があると

“内田がね、ここ最近、会うたびに『体調が悪い』ってうるさいの。でも私が『それは辛いわねえ、わかるわよ。私なんか全身がんだもの』って言うと、ピタッと黙るんです。そんな効果もあるのよ”

“樹木希林さんが晩年語っていた“死について思う事” 引用

愛のカタチは一辺倒じゃなく複雑なんでしょうね

でもハッキリとした輪郭がある

僕にはまだ理解できない部分も大きいけど

それが正しい事のようにも感じます

愛を育む

内田裕也さん、樹木希林さんのような愛もそう言うんですね

お2人とも安らかに

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