OFFLINEで生きる人達

ちょっと前までそれが当たり前だったと思います

ちょっと前と言っても15年以上前の話

高校生で初めて携帯を持ちインターネットに出会い、こっそり命がけでエロサイトを探す

そんな感じだったと思います

携帯がない時代

そもそも携帯という概念がなかった時代

僕は小学生、中学生だったと思います

覚えているのは友達と遊ぶにしても固定電話、通称“家電”に電話して友達と約束したり

学校で「じゃあ明日〇時に〇〇集合な!」

みたいな

ほとんど家にどっちが迎えに行くみたいな事が多かったかな

不便だったと思いますが、それを不便と思ったことはありませんでした

それしか方法がなかったんで

でもその当時もっと賢い大人からすると不便で仕方なかったんでしょうね

だから携帯ができインターネットができ、メールができて歩きながら電話ができるようになった

好きな子には誰が出るかわからない“家電”に電話する必要もなく、

直接電話すればいい話になった

それでも電話代はめちゃめちゃ高かったけど

キム兄という人は電話じゃないと話せない人だったのと

今でいうメンヘラ彼女と高校生の時付き合ってたんで、長電話ばかりして携帯代がえらいことになってのは今では懐かしい話です

今では通話料なんか無料が当たり前でメールもLINEになり、世界中の人と話そうと思えばどこでも誰とでも話せるようになっている

よく考えたらすごいことですよね

今の当たり前が当たり前じゃなかった時代に今のOFFLINEの人達=おじいちゃん、おばあちゃんは

バリバリ仕事をしていた人も多かったのかもしれません

さぁゆっくり余生を楽しもうと思ったら訳のわからないインターネットやらユーチューブ、TIKTOK?

付いていけないと拗ねてしまうおじいちゃん、おばあちゃんも多いのではないでしょうか

また詳しく書きたいのですが、BUCKET LISTを少しずつですがごろりさんに集めてもらっています

その中には“友達がほしい”“友達と旅行に行きたい”“友達とごはんを食べたい”等

友達と〇〇したいという夢がいくつかありました

よく考えたらおじいちゃん、おばあちゃんは行動範囲が狭くなり、

友達もお亡くなりになられた方も少なからずいらっしゃるのかもしれません

また友達が病気であったり遠い場所に引っ越してしまったりと

旦那様、奥様に先立たれ孤独に生きておられる方もいるのかもしれません

“繋がり”を本能的に求めている方が多いんじゃないかな?

集めてもらった

BUCKET LISTを見ながらそう感じました

インターネットには“繋がり”があります

何かをつぶやけば、誰かが何かしら反応する

旗をふればその旗印に共感する人はどんどん集まっていきます

そして現実世界で会い、酒を飲み、友達になることだって可能です

繋がり”が当たり前になった僕たちはその当たり前をおじいちゃん、おばあちゃんに利用してもらうことで

生きる意味を再度見出してもらえるんじゃないかと

そんなことを思いました

OFFLINEをONLINEにする

スイッチを切り替えるような簡単な作業であればいいんですけど

なかなか順風満帆には進ませてくれませんよね

ただ僕たちならできる

やらなければいけない

誰かがやらなければ当たり前を当たり前として過ごしてきた人達が今のOFFLINEの人達

それは未来の僕らなのかもしれません

時代の波にただ流されているだけじゃ新しい波が来た時に溺れてしまうだけ

乗りこなす術を得ないときっと自分たちは今のOFFLINEの人達と同じように時代に取り残されてしまう

もちろん不便を不便と思わない人もいる

最新がいつも1番いいわけじゃない

ただ新しいものを無条件で拒否してしまう人達が多いんじゃないでしょうか

変化を求めない

多様性を認めない

今が楽しくない

年齢問わず誰しもが思い悩む悩みの1つですよね

楽しく生きていれば別になんだっていい

大いに賛成です

異質なものを認めない=OFFLINE

僕自身はそうはなりたくないし、未来の自分もそうなっててほしくない

今のおじいちゃん、おばあちゃんもそうでないことを願いたいです

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