僕はあの時を忘れない、忘れちゃいけない

2011年3月11日 (金曜日)14時46分18秒  

それは突然やってきた

Mw9.0

日本周辺における観測史上最大の地震

東日本大震災

津波による死者 14,000人

あれから8年

8年経った今でも行方不明者が1万人以上

その当時僕は大阪にいてZARAで働いていました

天井がぐらぐらゆっくり揺れていて、周りのスタッフの

“地震だ”

と言う声で初めて地震を感じました

揺れが止み、通常通りの営業がまたスタートし休憩時間

休憩室のテレビを見ていると

津波の映像が流れており、家や車がおもちゃのように流され

街の中を船が走っている

ウソでしょ

映像を見ても何も信じられなかった

だって大阪は全然なにもなってないのに

連日テレビは震災のニュースばかり

人々が今ある現実が当たり前じゃないことに気づかされた日

僕たちは非力

自然の前では成す術もない

そして月日が経ち8年後の今日

何もしてあげれていない自分がいる

他人事のようにニュースを見ている

ごめんなさい

ニュースをニュースとしか捉えられていない

ごめんなさい

遠く向こうに助けを求めている人達がいるのに

なにもできない

ごめんなさい

自分には何ができるだろう

もうそろそろ人としていい人にならなきゃ

でも何ができるんだろう

本当に本当に微力ながら“祈る”事から始めてみようと思います

手を合わせ亡くなった方を想う事で救われる何かがあるのだとしたら

僕は祈ります

亡くなった方々へ どうか安らかに

そしてたまたま瀬戸内寂聴さんのこんな言葉を目にしました

あなたが元気に生きて行くことこそが、亡くなった方への最高の供養です。

僕、僕たちは亡くなった人の分まで元気に生きなきゃいけない

悩んだり、めそめそしたり、ネガティブになってる場合じゃない

元気に生きなきゃいけない

8年も経ってしまった今ではありますが、この日を境に改めて何ができるのかを考えて

これからを生きていきたいと思います

引用:瀬戸内寂聴さん 96歳になったいま、伝えたい「愛のことば」https://mainichigahakken.net/hobby/article/post-698.php 

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